ジーザスライフハウス

2009年10月14日 (水)

コーチングコース PART2の2

引き続き、コーチングコースの神様の言葉について。

ジーザスライフハウスでは、ジャーナリングということを進めていることは前のブログでも書いたと思う。
ジャーナリングは単純な作業。
聖書を読み、印象に残ったことや思ったことを書き残し、神様が自分の人生に関して言っている事を覚えていくものだ。

ライフグループ(セルグループ)では、このことを必ずするように薦めている。
クリスチャンとして毎日、聖書を読み神の言葉によって生るのは当たり前のことだ。
ジーザスライフハウスではクリスチャンじゃない人達でもジャーナルをしている人が多い。
彼らはいずれクリスチャンになるけどね。

でもこれも強制ではない。やりたくなければそれでも良い。
その代わりライフグループにも入らなくても良い。
なぜならライフグループは弟子訓練の場所であり、変わって成長したい人達の集まりだからである。教会のビジョンやリーダーシップに従い、成長したくないのなら、ライフグループに入る必要もないだろう。

でもジャーナルには力があり、生きる力と人生の知恵を神様からもらえると信じている。
それはメッセージを作るためでもない。説教の為でもない。他の人に教える為でもない。
まず最初に、自分のために。成長するために。そして神様をもっと知るためにだ。
単純な、聞いたことのある神様からのメッセージでも、自分の心に語っているならそれで良いんだ。それが毎日の新鮮な神様からの言葉であればね。

ここでジャーナルすることについてのアドバイス。
まず毎日続けることが大切。
ある人達は、神様の言ってることがはっきりと分からないからと言って、すぐ諦めてしまう人達が多い。

でも考えて見て欲しい。

赤ん坊ですら生まれたばかりの時は、母親の声の認識もままならず、言っていることの理解はできない。でも一緒にお母さんと過ごし、声や言葉になれていくことにより、理解力を着け、いずれは言葉をはっきりと理解する。
クリスチャンでも全く同じ原理だと思う。

聖書では人がクリスチャンになると、“生まれ変わる”ということを言っている。
ようは生まれたばかり状態は、神様の中でも赤ん坊と同じだ。

でも神様の言葉を聞き続け、神様の声や言い方に慣れて行くことにより、神様とそうでない声の判別もでき始める。もっとなれていけば神様の言葉自体を理解し始める。
そう、聖書を続け、理解しようと毎日心がけることによって判断力が身につく!

多くの人はクリスチャンとして長く生きながらも、神の言葉と神の声の判別をできない人達が多い。それは聖書をちゃんと読んで人生に適応してない証拠だ。

うちの教会では実際、まだ数年のクリスチャンでありながら、多くの先輩のクリスチャンよりも成長し、成熟している人達が多くいる。神の言葉に従い、理解し、素直に実践しているからだ。クリスチャンは長さではない、どのような人生の質と神様との関係を持っているか、そして地域教会という正しい健康な“土”の中で育っているかに掛かっている。

教会を転々とし、ビジョンや目的もなしに生きていれば、クリスチャンとして赤ん坊のままだろう。

神学の知識が一番重要なのではない、どれほど宣教や伝道の経験があるかではない。
でも、どれほど神様の言葉(聖書)を実践しているかだ。
ようは神学校を出たからと言って、成熟したクリスチャンになるわけではないということだ。
まして、その資格だけで牧師になるなどもってのほかだ。

ジーザスライフハウスではそのクリスチャンの“実”を見る。知識や肩書きではなく、実。

実=その人の人生そのもの。

喜びはあるのか?ちゃんとした決断を常にしているのか?人を愛しているのか?教会に根づいているのか?ビジョンは持っているのか?リーダーに忠実なのか?周りの人に良い影響を与えているのか?他の人々をイエスの導いているのか?

基本的なことを飛び越してはいけないと俺たちは思う。
単純だが、一番重要であり、欠かせないもの。
それがジャーナルであり、そこから来る実だ。

皆は聖書をしっかり読んでいるかな?

成長しよう!

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2009年10月 8日 (木)

コーチングコース PART2の1

今週のコーチングコースのテーマは、祈りと神様の言葉。
コーチ(リーダー)になるための最初のステップは、
“人をリードするまえに、自分をリードする”だ。
自己管理、と自己成長をしっかり保ち、神様と人々との関係を正しく守り生きることが大切だ。別に完璧になってからとは言わない、あくまで成長する態度や志をしっかりライフスタイルに表現しているかどうかが重要なことだ。
だからジーザスライフハウスでは、リスクを冒し、リーダーになるチャンスはいくらでも与える。完璧でなくても良い、思いと情熱と使命感、そしてリーダーとしての機能を既に果たしていればよい。資格や肩書きは後についてくる。

まーまず自分のリード。その中でも一番大切なのは、神様との関係
ようは祈りのライフスタイル。祈り=神とのコミュニケーション
うちの教会のモットーは祈りを複雑にしないこと。また特別化させないこと。
祈りにプロはいない。また専門化もいない。
聖書には“とりなしの祈り”という概念もあるが、決して特定の能力(賜物)としてではない。
単純に言うと、それは“他の人の為に祈り、神にお願いするだ”。
それはクリスチャンすべてがするべきであり、祈りは皆のもの。

だがなぜか、祈りの本が出版され、専門化され、あげくには祈り方なども教えられてしまっている。イエスは弟子に聞かれるまで、祈りのことを教えなかった。
俺が思うに、祈りを“システム”にしたくなかったのだろう。
“こういう祈り方をすれば神に聞かれる”という機械的なルールであってはならない。
そしてイエスが教えた内容も単純。方法ではなく、祈りの内容(主の祈り)と個人的な神との関係(部屋に入って祈れ)を重視している。また他の人間との関係(赦すこと)を強調している。最後に神様の国の拡大=人々が救われること、神様の影響力が広がることを祈れと言っている。

単純に言うと、“神様と人々との関係をしっかりして、神の言うことを聞いて使命を果たし、自分のニーズと人生の守りをお願いしろ”といっている。

どんな言葉を使うかや、祈る長さが重要じゃない。
逆に“同じことを何度も言うな”とまでイエスは言う。ハートだと。

そして聖書はこういう。“常に祈れ”と。
一日何時間ではなく、常にと。
どうやってそれをするのだろう?

ジーザスライフハウスでは、どんな思いや思えごとを祈りに変えろと教えている。
誰かのことをふと思ったのなら、その人のために短く祈る。
心配があるのなら神様にすぐにお願いして、心配事を預ける。
嬉しいことがあったのなら神様に感謝する。
チャレンジが仕事や学校であったのなら、“助けて”と祈ればよい。
自然に、日常に祈りと神とのコミュニケーションをすればよいと教えている。
声を変に出して祈らなくても良い、いちいち泣かなくても良い。泣きたければそれで良い。
うちの教会の多くの新しいクリスチャン達は言う、“それなら私たちにもできる”と。

祈りを開放しよう。

一日1時間祈れなかったから、朝早く起きれなかったと罪悪感を感じるのではなく、自然に祈ろう。うちの奥さんですら3時間ぶっ続けで会話するのは、おかしいだろう。

祈りを宗教化させない。それが真のイエスの思いだと思う。

ジーザスライフハウスでは、祈祷会をあえて開かない。
理由は単純だ。祈りをそこの場所だけに重視しないためでもあり、また特定の人達だけが祈るような環境も作りたくない。実際、結局祈祷会に集まるメンバーは、時間のあるおばさんたち。サラリーマンや男性陣がやたらと少ない。
でも男性も祈るべきだろう?!
そう思う。だから祈りの開放が必要だ。どんなライフスタイルでも祈るべきだ。
だからうちの教会の祈祷会はスポンテニアス(突発的)だ。
賛美チームはワーシップの前に。セルグループはスタバで祈る。
そこらじゅうで祈祷“会”をすれば良い。

祈りはライフスタイルだ!
皆も常に祈ろう!そして神様に応えてもらえる祈りを体験していこう!

次回は、神様の言葉と声を聞き、読んで、成長していくことを書こうとおもう。

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2009年10月 1日 (木)

Coaching Course 再スタート

今週からコーチングコースが水曜礼拝のビッグウェンズデーにて再スタートした。
このコースはジーザスライフハウスの文化と信じていることを表している。
だからここでも少しずつ説明していきたいと思う。

今回は、コーチングコース・パート1の内容のひとつ。
まずジーザスライフハウス教会を自分の教会としたいと思っている人達に教えていることは、
“この教会は私の教会!”っていう思いを完全にもって欲しいということだ。

うちの教会にはメンバーシップ(会員制)はない。
ジーザスライフハウスが求めることは、その人の署名ではなく、教会への情熱と確信。
実際多くの教会では、会員登録してもその本人が礼拝にちゃんと参加していないケースも多い。
ようは形だけではなくオーナーシップを持って欲しいということだ。
またうちに教会は束縛やコントロールは絶対にしないというポリシーがある。

教会を離れたければ、“そこにドアがありますのでどうぞ”という。ビジョンを共有できないのは残念だが、できない人達と一緒になっていても教会自体が前進できないからね。

でも逆に、ジーザスライフハウスに貢献したいというのであれば、しっかりやろうと進める。
それなりのリーダーとなっていくために必要なトレーニングもあるし、責任も持っていってもらう。なりたくないならそれでも良い。でも批判や教会前進の妨げにはなって欲しくない。

ようはすべてにおいて、“~しなければ”はうちの教会にはない、でもやるからには”~したい”という心でやって欲しいそれだけだ。それは献金も奉仕も、またセルグループも聖書を読むことも、リーダーシップに従うこともすべてにおいてだ。

教会はコミュニティーであり、神の家族だ。変な団体でもないし、政治団体でもない。
神を愛する人、また求める人達、そして神に会って変わりたいと思い、人達が集まる場所だ。

ここで“変わりたい”と思うことも鍵だ。どんな問題がその人にあろうとも、ジーザスライフハウスは拒否しない、でもその人が変わりたくない、このままで良いと思っている場合は別だ。イエス・キリスト自身もそのことをチャレンジした、彼が癒して、救った人達はほぼ皆、“良くなりたい”、“救われたい”と思っている人達だった。その動機がはっきりと分からない場合は、“何が欲しいんだ”とまでチャレンジした。

だからジーザスライフハウスでも同じだ。本当に自分を変えたいのか、成長させたいのか?それを問う。その本人が変わりたくないのなら、俺たちにできることは何もないし、はっきり言って教会にもいづらくなるだろう。もちろん深刻な問題を抱えている人は特別に対応しなければならないだろう。でも多くの場合はその人の意思に関わると俺たちは信じている。

次のコーチングコースの内容は、“教会の将来は私の手の中にある”ということを教えている。
ブライアン・ヒューストンがよく言う、“教会は神と人々、人々と神だ”ってね。
教会の存在は牧師だけに掛かっているのではない、その人々だ。
だけどなぜか知らないが、牧師だけや特定の長老やリーダーが教会のすべてをやってしまっているケースが多い。
俺たちは教会のすべての人の手によって教会を立ち上げて欲しいと思う。
役割は一人ひとり違うが、ひとつのビジョンのためにともに前進する。

同じキリストの体としてね。

ようは一人ひとりの態度や行動が教会の雰囲気、促進に影響するということだ。
お互いに愛し合い、赦し合い、仕え合い、励まし合い、歓迎し合い、そしてお互いを高めあうことだ。

悲しいことに多くのクリスチャンは、“自分の為”に仕えている人も多い。自分の教会のポジションを得るため、牧師になるため、賛美リーダーになるため。“私の奉仕”という考え方だ。

“仕える行動”は“仕える心”とは違う。仕える行動だけをしている人は、必要以上の努力はしない、ましてや進んで物事をやろうとはしないだろう。ようは自分の利益がある限りは教会に仕えるがそれがなくなればいなくなる。最悪のケース、教会の文句を言い、あれを変えたほうが良い、こうしたほうが良いと言いながら、自分自身で責任を取りたくないケースも良くある。また言われなければ行動に移さない。そんな態度はうちの教会では受け入れることはできない。それは分裂を起こすものであり、はっきり言って邪悪な態度だ。

でも“仕える心”も持つ人は逆だ。常に、問題よりも解決に目を向け、進んで教会をもっと良いところにするために、自ら行動に移す。言われる前に、既に物事の本質とニーズを把握しすでに解決を考える。リーダーにも、“ここを改善したほうが良いと思ったので、これこれのアイデアを考えてきました”という。またそういう人は、すぐに傷つくことはない。なぜなら自分のニーズが中心となっていないからだ。

自分のことばかり考えて仕える人は、すぐOFFENDされる。なぜ“他の人は私に話しかけてくれないのか”、“なぜ自分のアイデアを用いてくれないのか”、“なぜその地位をくれないのか”とドンドン傷ついていき、しまいには苦味になっていく。そうならないためには、教会を愛し、オーナーシップを持ち、そのビジョンを自分のビジョンとし、そして責任を一人ひとりが持っていくということだ。

もう、“あなたの教会”、“あの教会”という言葉ではなく、“私たちの教会”という言葉に変わっていくだろう。

本来この原則は当たり前に教会になくてはならないものだ。
現実に多くの教会にないということは悲しいと思う。
クリスチャンとして何かが違ってしまっている。
自分の母教会への愛を取り戻して欲しい。

ジーザスライフハウスでは他の教会を絶対に批判してはいけないと教えている。
なぜなら俺たちがONLY ONEではないから。
でもすばらしい聖書の原則を浸透させるきっかけとなって行きたい。
そして多くの教会に良い影響を与えたいという思いとビジョンはある。

イエスキリストが言った言葉を思い出そう。
“わたしは私の教会を建てる”(マタイ16:16-18)
ミニストリーを建てるとは言っていない。
伝道宣教、ワーシップ集会、クリスチャンバンド、ミッション、カンファレンスでもない。
教会だ。

そしてこれらのことは教会が中心となってやっていくことが本来のイエスのビジョン。
神様と神様の体(人々)を愛することに戻ろう。

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2009年9月 4日 (金)

ジーザスライフハウス7周年記念!

いや~。ジーザスライフハウスも7年を迎えた!
“7”と言えば色々な意味で、新しいシーズンということを表している。
神は7日目に休息をし、それがもとに一週間と区切りができている。
ヤコブは自分の妻を得るために、7年働いた。
モーゼとイスラエルにとっても7年という月日は大切な区切りでもあり、7年ごとに借金や貸しを帳消しにするという習慣があった。

また聖書で7いう数字は、完全を表す数字。何かが完結し、また始めるという意味。

そうジーザスライフハウスも7年を終え、新しい何かが始まる時期。
ドラマで言うとシーズン1終了かな?(笑)
そのシーズン1の中では色々なドラマがあり、新たな登場人物がいれば消えて行ってしまう人々もいる。嬉しい出会いもあれば悲しい出会い。問題もあれば、成功もある。
その中で乗り越えていける人達は強い。
そしてこの7年を心から祝える。

ある有名な牧師がこう言っていたのを覚えている。
クリスチャンと教会はバスで旅をするようなもの。
“最終目的地に向かい、バスは進んでいくが、挫折し途中下車するものもいれば、旅を捨てて降りる人もいる。”ってね。

俺は最後まで自分の使命、そしてジーザスライフハウスの行く末、また神様がこの教会を通してすることを見届けたい。

そして次の7年間は・・・シーズン2はとんでもなくエキサイティングな展開になっていくだろう!

だから皆にも一緒に今週末は祝って欲しい! 
一度バス下車した人がいればまた乗れば良い。
諦めずにいれば、素晴らしいことがこれからやってくる!

そして土曜日にはジーザスライフハウスで始まったばかりの日本語礼拝がある!
ジーザスライフハウスの日本人たち、次のシーズンはジーザスと俺たちが主役だ!(笑)
そしてその始まりがここにある。是非皆で来て欲しい!
盛り上げようぜ~~~~~~COME ON~~~~~!

ではまた明日!そして日曜日に!
Zenmap

詳細は http://www.jesuslifehouse.com

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2009年8月27日 (木)

360度 パート2

遅くなりました。
前回からの引き続きです。
今回はリーダーからついて来る人達、チームメンバー、そして部下へのコミュニケーションです。
まず最初にリーダーが心がけなくてはいけないのは、決断を中心としたコミュニケーション。

1.リーダーの役割は最終決断を下すこと。そしてその決断と行動に責任を持つこと。
自分のメンバーや部下に話すときには、具体的に何をしたいのか、目的は何なのかを明確に伝えなくてはならない。ある方法では部下に自分で答えを考えさせるために,”お前だったらどうする”という聞き方もあるが、それは自分のやりたいことを分かりきった上で使う方法だ。ビジョンを常に明確にしよう。なので会議やミーティングはただ相談する場所であってはならない。そのミーティングの後に何かしらの決断が下されていないなら、そのミーティングは全く無意味。そしてリーダーの責任はそれを決めること。

2.次はそれをする理由、”WHY”も明確に伝えなければならない。ジーザスライフハウスのすることすべてにWHYがある。“なぜそういうやり方をするのか”、“なぜそのスタイルや音楽を使うのか。” すべてに目的と理由があす。それをDNAと呼ぶ。うちらのリーダーたちの責任はそれを把握し、いつでもWHYを応えられるようにすること。うちらの教会はカルトではない。ついて来る人が納得した上で、ついてくるのが原則だ。脅しや、束縛もしない。すべてはその人に“~したい”を持ってもらうことが大切だ。

3.次は問題が起きた場合。例えばある下のリーダーが他のリーダーの問題や間違いを報告したとしよう。この場合一人のリーダーの情報ですべてを判断するのではなく、その一軒に関わるすべての人物やリーダーたちの意見を聴いた上で、真実を割り出し、決断をすることが大切。俺がよく言うことは“直接本人と話した?”と聞く。大抵の場合は、お互いに話し合って対処する前に、上のリーダーに問題を持ち込むことが多くあるからだ。まーこれは次回のメンバー同士のコミュニケーションにも関わってくる。

4.次、どのような場合でも個人的感情移入はせずに、問題に対処すること。個人的な好みや意見ですべてを決めるのは最悪のコミュニケーション。それはリーダーだけでなくすべての会話や伝達法においても同じだ。

5.何かを聞かれたとき、その答えがないなら焦って応える必要はない。うちの主任牧師の妻であるViv先生はかなり知恵がある人。何かを聞かれた場合、必ずちゃんと時間を取り、適切かつ明確な答えを考えてから応答する。時には“数日考えさせて”と言い応える場合もある。曖昧な返答は問題につながりやすい。

6.何も言わないことは、同意してしまっているということを覚えよう。セルグループでたまにあることだ。誰かが突然、間違っていると思われる強い意見を言い、リーダーが何も言わなかったので、他のメンバーが“それでいいんだ”と思ってしまうこと。Silence =YESだ。日本人はよくはっきり自分の意見を言えないことがある。それは良くないこと。なぜなら黙っていることで相手は良しとして捕らえてしまっている。すべては問題ないと思ってしまう。

7.最後に怒りやフルストレーション、ストレスからコミュニケーションをとらないこと。よく日本でいう八つ当たりだ。多くの上司が部下にしてしまっている。どんな状況でも部下のせいにしてはならない。責任者の仕事は責任を取ること。それは自分の感情にも責任を取らなくてはならない。そのようなリーダーが教会いた場合は、ロッド先生はメチャ叱る。人をそのように扱うことはクリスチャンとしてあってはならないからね。

すばらしいリーダーとしてすばらしいコミュニケーションは必須です!

ではまた次回!

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2009年8月 5日 (水)

360℃ コミュニケーション

これは今日のチームミーティングでシェアしたこと。

ビジネスや会社、チーム、様々な組織、そしてもちろん教会で適用できることだからシェアしよう。

これはおれ自身常にロッド先生や上のリーダーたちとのコミュニケーションで気をつけていることだ。

自分の上司やリーダー、さまざまな人々とのコミュニケーションはすごく大切だ。
聖書では俺たちの舌を制することで、人生もコントロールできるとまで言っている。

コミュニケーションにはさまざまな形や、言い方がある。

人のコミュニケーションは大体三つの分野に分かれる。
言葉、ジェスチャー(振舞い)、そしてスピリット(態度や思い、感情等)
これらを駆使し、俺たちはコミュニケーションを取っている。
ビジネスや学校になると、映像や音楽もプレゼンなどで使うかもしれない。
今回は、普段俺たちがリーダーや上司、同僚や仕事のパートナー、また部下やフォローアー(自分に従う人)たちへのコミュニケーションの中での一般的なアドバイスを載せよう。

これはうちの教会でも教えていること。

最初はすべての場合において重要なことをシェアしよう。

‐まずまず私たちのコミュニケーションは、その話す人達をアシストし、サポートするためだということを心に入れて欲しい。

-結果的に、ダメージを与えたり、ネガティブなものだったり、その人や組織を引き裂くようなものだったり、またチームや組織の勢いを殺してしまうような会話は絶対にしてはならない。

‐それは問題を指摘するだけのものではなく、解決法と答え自体を見出すことを目的としなければならない。
良くあるよね。問題ばかりあると文句言いながら、結局そいつ自身は解決しようとすらしない。

‐そして一番大事なのは、その人との友情や良い人間関係が築かれているかどうかだ。それがなければ伝えたいことも受け止めてもらえない。信頼がないからだ。人間関係から常に逃げている人は、コミュニケーションが下手だといっても過言ではないと思う。

1.“自分の立場から自分のリーダーへ”のコミュニケーション

まず上司やボス、リーダーに対してコミュニケーションを取るときの注意点。

‐まず自分のリーダーの大切な時間を使っているということを心に置こう。リーダーは多忙だ。時間も有効に使わなくてはいけない。だから会話をするときにベストな言い方と分かりやすい方法を常に選ばなくてはならない。

‐それはリーダーの重荷を増やすものであってはならない。その会話の後でリーダーがどのような気持ちになるのか考慮し言葉や言い方を選ぼう。

‐リーダーが何かの情報を忘れているときや、昔頼んだことをやってくれてなかったときに失望してはいけない。リーダーは多くの情報を聞き、それを処理している。部下や仕える者の役割は、それをバックアップしてあげること。忘れていたなら俺たちが思い出させてあげれば良い(何度でもしつこく!)

‐ある報告や情報を伝えるときには、必ずすべての情報を揃えてから万全の体制を取ってリーダーに伝えよう。もしリーダーに何かを聞き返されたり、この“あれはどうだ”などと聞かれた場合、すぐに応えられないようではダメ。すべてリーダーが質問しうることを想定し、リサーチをかけてから会話に持ち込もう。でないと“また調べてから来い。”と言われて終わるだろう。

‐問題と一緒に解決も持ってこよう。“こうしたらよいと思いますが・・・”というのはかなりアンプロフェッショナルだ。でも、“こうしたほうが良いと思ったので、それを解決しました”というのが俺たち仕える者の役目だ。でないと、“じゃお前が解決しろ”とリーダーに言われてしまうだろう。

‐話す内容は余計な段取りはなく、ストレートに要点をついて話そう。リーダーに余計な情報は必要ない。

‐リーダーがコミュニケーションの中で言いきれなかったことや、伝え切れなかったことまで把握しよう。リーダーが何をしようとしているのかを先読みすることが大切。またリーダーがぽろっと小言でこぼしたことでも、拾わなければならない。それによりリーダーの思いや考えをまとめていく必要がある。

‐最後にリーダーには隠し事は絶対しないように。どのような小さな情報でも必ずタイミングを見はかり、解決したことでも最終的に伝えなければならない。これは自分自身を守るためでもある。なぜならもし後で小さなことだと思っていた事が大きな問題になってしまい、リーダーに伝えていなかったら、責任を問われてしまう。

他にも、リーダーから部下へのコミュニケーション、同じチームや部署の仲間同士でのコミュニケーションがある。

でもそれは次回にしようと思う。
まーあまり皆さんのためになっていないようなら書くつもりはないんだが・・・。
みんなのリーダー達へのコミュニケーションはどうだろうか?
良いコミュニケーションでもっとスムーズにことが運ぶと思う。

頑張ろう!

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2009年2月26日 (木)

ジーザスライフハウスの長所

最近、よく他の教会のリーダーたちから質問されることがある。
それは、“ジーザスライフハウスの成長の鍵となる長所はなんですか?”という質問だ。

その質問に対する応えはメチャ簡単。

“人々です”だ。

ロッド先生のお気に入りの言葉:“教会はただ神様と人々、そして人々と神様だ。”

教会の土台は素晴らしいメッセージ(説教)でもない、ワーシップでもない、ましてや照明、イベントや礼拝の内容でもない。それらは重要な部分ではあるが、それだけでは良い健康な教会は育たないとおもう。

人々が神様に満たされて喜んで信仰に生きている姿ほどパワフルなものはない。

うちの教会には“WELCOME DEPARTMENT”という教会の中核となる部門がある。
そのなかには、カフェを運営するホスピタリティーのチーム、来た人を歓迎するグリーターズチーム、新しい人々に教会の情報等を提供するリソースチーム、人々が教会に根づいてもらうことを支援するフォローアップチームなどが含まれる。
ようは彼らは教会の第一印象を与える、教会の顔である。
だからこの奉仕をする人々は元気な人を意図的に選ぶ。

来てくれた人々は彼らの表情や元気さを見て言う、
“この教会ってフレンドリーな人が多いいね。”って。
牧師の一人である俺にとってはそれがすごく嬉しい。
教会のメンバーがハッピーで元気で生きているのを見て、そして他の人々がそれに気付く。
それは、まさしくジーザスが言ったことだ。

“あなたががお互いに愛し合うことによって、人々はあなた方を私の弟子と分かるだろう”。

ジーザスライフハウスのメンバーは心底喜んでいる。人生が楽しいのだ。教会に来ることも、奉仕することも、嫌々やっている人はいない。教会に来るのが楽しみなのである。神様の身体である教会に仕えることが喜びなんだ。

そして彼らはこう思う、“他の人々にもこの教会の素晴らしさと、神様を知る人生の喜びを知ってほしい”と。そして自然と人々を連れてくる。

その思いが自然と教会を成長させ、前進させると俺は確信している。
だからこそ礼拝でのワーシップが神様の存在を強め、メッセージが活かされて人々の心に届く。

正直、ジーザスライフハウスに来る前はこのように自分の教会を誇りに思い、友達を連れてきたいと思うことは難しかった。連れてきても、教会の人々は喜んでいなかったし、新しい人に話しかけることもしなかった。当たり前のことが宗教的になってできていなかったのだ。この昔の俺と同じ思いをしているクリスチャンは多いだろう。

だからこの世代が変わっていかなければならない。リーダー達が喜びを持ち、人生を希望に満ちて生き、そして喜びを持ったクリスチャン達を育てていかなければならない。

ブライアン・ヒューストンが言った言葉だ。
“Healthy things grow” 健康なものは自然と育つと。

教会が成長しないのが当たり前になってはいけない。成長が当たり前なのだ。
教会を、教会の人々を健康にしていこう。心を育てていこう。

神様と人々、人々と神様の関係だ。

簡単でしょ?

日本を変えていこう!
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2008年3月 7日 (金)

ちょっとやる気?

最近またブログ書こうかなーと思っています。今日本が神様によって変わりつつある。その姿、そしてどう変わってきているのかを伝えたいと思う気持ちがある。

ジーザスライフハウスという教会で働いていると色んな人に会い、社会のさまざまなことについて考える。そこで神様が日本の教会を通して何をしていきたいか。それが段々明確になっていく。そして俺達のこの世代にはこの変化を見つめ、日本を変え、次の世代に受け渡していく責任があると思う。みんなに考えて欲しいことは、自分の人生がその中でどのような役割を果たして行くのかということ。それを見つけることが神様からの使命。

それを見つけることなく人生を終わらせないで欲しい。どうせたった一度の人生、生きるんだったら歴史を変えることをしようよ。そして誇りを持って神に前に立つことができるように。

嬉しいことにうちの教会にはその使命を生き始めている若者がいっぱいいるんだよね。そして彼らはマジかっこいい。この病んでいる日本の社会の中で彼らは精神的に強く、夢を持っている。一緒に同じものの為に生きてくれる仲間もいる。これ以上素晴らしい場所は無いと断言できる。だからみんなにも見つけて欲しい。自分の人生を預けられる教会という家族を。Dscf4440_3

      

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