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2014年1月 8日 (水)

本当のビジョン

皆さん、明けましておめでとうございます!
2014年は、凄いことがいっぱい起きる予感がします!
最初から期待を持って行きたいね。

新年という事で、多くの教会では恒例の人生においての「ビジョン」についてメッセージがあったと思います。もちろんOO+教会でもビジョンについて話したので、ここでもシェアしたいと思う。

ビジョンについては、普段多くのビジネスセミナーや自己啓発などでも触れる内容だ。
しかし、本屋さんに行くと似たような題名であまりにも多くの本があるため、何を選んでよいか迷う。またセミナーに行けば、同じような事を言っているが、ほとんどがHOW TOやフォーミュラ(方式)などを教え、正直ねずみ講ビジネスのような胡散臭い感じもするかもしれない。でも多くの人々は、自分の人生の目的や使命を知るために迷いながらも、本を読み勉強し何とか見出そうとする。ある人々は、混乱していくなか結局あきらめて、ただ世の中に流されて生きる人生を選んでいるかもしれない。

とにかくビジョンのリソースはいっぱいあるが、逆に何が何だか分からなくなる可能性の方が高い。正直、最近では多くの教会でも、ビジョンについてのメッセージがビジネスセミナー的になってしまっているように感じる。でも忘れてはいけないのは、世の中に出回っているビジョンのアイデアのほとんどが、聖書の「箴言」や「伝道者の書」から来ているという事だ。

でもこの世界は、自分たちの欲しいところだけを取って、本来一番大切な中核となる要素を捨ててしまった。それが現代の自己啓発やセミナーの結果だ。一番大切な「神」と言う要素を捨てた結果、ただ自分で自分を変える「自己啓発」になってしまった。自分で自分を変える、または努力によって救う考えは、結局は宗教と変わらない。

だからうちの教会では、HOW TOや方式を教えるのではなく、すべての知恵や知識の源である神様の視点からビジョンについて原則をメッセージした。このようなメッセージは、聖書のどの部分からも話すことが可能だが、クリスマスなどのシーズンもあったのでルカ書の1章から2章を中心にポイントを書き出してみた。

神様からくる本当のビジョンという事で、HOW TOじゃなく原則として自分が生きているビジョンがちゃんと一致しているかの参考程度にしてほしい。

1. 本当のビジョンは常に「永遠」に繋っている

2. それは自分よりもデカイもの:自分ではできないと思うもの

3. それは他の人々を巻き込むもの:一人ではできない

4. それは常に他の人々のためになるもの:社会や世の中の需要

5. それは常に神様の家を建て上げることに繋がる:教会

6. それは常にあなたの神様との関係を成長させてくれる

7. それはあなたをチャレンジし、ある人々には嫌われ、同時にあなたとある人々をワクワクさせてくれる

8. 何かの犠牲をはらうもの

9. 時に訳が分からず常識的ではないが、もっと神様を信頼するための糧となる

10. 最後にはあなたのビジョンを他の人々に任せていけるもの

ざっくりと要素だけ書いたが、実はこれは全部イエス・キリストが生涯で成し遂げた事。
ようはイエスの人生そのものだ。

イエスは、人々に「永遠の命」を与える為に来た。クリスチャンの価値観で永遠の続くものや要素を簡単に言うと、この世には大きくまとめて3つだけだ。神様との関係(神様の言葉や約束も含めて)、人々との関係(天国で続く場合)、そして自分の霊と魂。これら以外のものは天国には持っていけない。結局はこれら以外の事すべてが、3つのことの為になっていないといけない。

イエスがしたことは、自分の神である立場を超えて、地上に降りて来て世界を救ったことだ。要は自分のためではなく、「もっとデカいこと」の為に使命を全うした。

そしてそのミッションは、12弟子を始め多くの人々を巻き込んでいくビジョンだった。マリアもイエスが生まれるビジョンを受け取った後、エリザベスやザカリヤ、予言者アナ、シメオン、最終的には町全体がその出来事に関わり始めた。それは最終的には「救い」と言う「人々のため」のものだった。

イエスは自分の「教会を建てる」と断言した。コミュニティーを築き、そして共に神様を崇め、神様に仕える場所だ。イエスは自分のミッションを通じて常に神様とのコミュニケーションを取り、困難によって関係が弱くなるのではなく、もっと強くなっていった。俺たちにとっても同じだ。もし自分の生きているビジョンによって、神様から遠ざかってしまっているのなら、それは決して神様からの真のビジョンではない。

イエスにはファンも多かったが、彼を殺そうとする敵も多くいた。批判され、非難され、嘘をつかれた。でもルカ書2章にあるシメオンが言ったように、「多くの人々の喜び」になった。

イエスは自分の命を目的の為に投げ出した。「犠牲を払った」のだ。それと同時に一番大切な人間関係は決して犠牲にはしなかった。もし私たちのビジョンやビジネスが、夫婦関係、親子、そして本当の友達や家族の関係を壊し犠牲にしてしまうようなら、それは必ずしも正しいものとは言えない。

そしてマリアやザカリヤが困惑して、「常識的には思えなかった」ように、神様からのビジョンは時に理解できない場合がある。イエスですれ十字架で、「なぜ私を見捨てたのか?」と叫んだ。でもクリスチャンの生き方は、どんなことがあろうとも結果的にすべての益となることだ。
ノアもそうだった。ドデカい船を作れと神様に言われた。海の側に造れと言われたならまだしも、山の中だ。結果人々には理解されずバカにされた。でも結果的には彼が取った行動が家族全員を救ったのだ。

そして最後に、イエスは自分のビジョンとミッションを弟子たちに「託していった」ことだ。ダビデがソロモンに自分のビジョンを繋げていったように。結局、俺たちが生きるビジョンは誰にも渡せない「ベイビー(手放せない存在)」になってしまっているなら、それは間違っているという事だ。またそのビジョンが特定の人しか寄せ付けなくなってしまったら、そのビジョンは完全ではない。自分よりデカいことを思い出そう。

どうかな?これらの事をしっかり踏まえて、素晴らしい2014年になるようにしてほしい!
何よりも、本当の意味で本当のビジョンを持って生きられるように!

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