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2008年8月29日 (金)

教会に根づく

これは、ここ6年間の個人的なメインテーマ。ジーザスライフハウスに来てから学び、そしてヒルソングやいろいろな成長している教会に共通する聖書の原則。

この原則を自分のクリスチャンライフに適応させてから、自分の成長、使命に対する思い、ビジョン、生き方すべてが変わってきている。だからクリスチャンである人にこのことを知って欲しい。かなりストレートに書くのでよろしく!

多くのクリスチャンは教会に行きながらも、教会には根付いていない。
彼らにとっては教会は日曜日だけのイベントであり、ライフスタイルではない。
そこで生まれてくるものは、すべてが細分化されてしまったクリスチャンの生き方。
仕事、結婚生活、学校、プライベートな時間、更にミニストリーでさえも教会とは別なものとして多くのクリスチャンは生きてしまっている。
ようはジーザスに自分の生き方をフィットさせるのではなく、ジーザスを自分のライフスタイルにフィットさせようとして生きるクリスチャン達。

それじゃ、神様から受けた使命は達成できない。いくら自分のミニストリーを持っていようが、人々に貢献しようが、教会(ジーザスの体)なしでは何の意味もなさないし、むしろ自己中心な生き方だ。実際に教会に幻滅し、教会で傷つけられてきた経験がある人も多い。また教会によってはビジョンや目的もなく、次の世代の為に動いている教会も少ないかもしれない。

でも何があろうとも教会から離れてはいけない。ダビデがサウル(最悪のリーダー)に対していつまでも忠実だったように、教会という神様の体、そして神様の国に対してはは常に忠実でなくてはいけない。

俺の思いは、すべてのクリスチャンが素晴らしい教会に仕え成長し、使命を果たして欲しいということ。

そこで教会に根付くためのアドバイス:
詩篇92:12-13に神の家に根を下ろすものは繁栄するとある。また1コリント12:18には神様はすでに体の部分一つ一つを決めて信者ひとりひとりをそこに置いたと書いてある。(NIV英語版のほうが分かりやすい)

1.自分の住む地域の教会に根づき、その教会のビジョンとカルチャーを持ち成長していくことが大切。 もし自分の教会に不満を持ち文句を言う状態なら、その教会に何の利益ももたらさない。 その場合、心を改めて教会に貢献するか、本当に根を下ろせる教会を見つけるかどちらかしかない。
もし教会が束縛したり、その教会を離れたら罰があるなど、クリスチャンではなくなるなど言ってきたら、それは危ない教会。コントロールしようとするのはカルト教会のすること。
でも逆に、自由だからといっていろいろな教会を点々としたり、いろいろな教会の良いとこ取りするのもダメ。それは盆栽のようなクリスチャン。根も張れないし、成長もしない。
一つの地域の教会に根付き大きな木のようになろう!

2.辛いことがあっても教会から逃げてはダメ。人間関係、忙しさとの戦い、結婚生活や子供との優先順位、さまざまなチャレンジはあるのは当たり前。プレッシャーがあるからこそ、種にひびが入り、いずれは芽を出す。クリスチャンも同じ、逃げていては使命と未来はつかめない。

3.観客席に座っているのではなく、選手になる。教会を成長させるのは牧師だけの仕事ではなく、メンバー一人ひとりの仕事。ビジネスマンであろうが、主婦であろうが、大工であろうが、アルバイトであろうが、すべてのクリスチャンがフルタイム。牧師だけではない。牧師がすべてするのは悪いリーダーシップ。またスター選手になるのを目指すのではなく、コーチになるように目指そう(ルークの名言)。ようは人を育てることができるのが真のリーダーであり、ヒーロー。ワンマンショウではない。次の世代のことを常に思う。なぜなら次の世代は今の世代よりも良くなっていかなければならないからだ。

4.成長は自分の責任。素晴らしい説教だけによってでもなく、預言だけでもはなく、祈祷会の満たしだけでもなく、毎日の神様の言葉によってクリスチャンは成長するもの。毎日の米・パンだ! 聖書を毎日読まずに、神様の声をきかずには成長できない。クリスチャンブームに流されるクリスチャンになってはダメ!神様に言われていることを忠実に使命を全うしよう! いつも誰かに構って欲しい”かいわいそう”信者になってしまわないように気をつけよう。

5.最後に、“自分”特別なミニストリーはない!すべての奉仕は教会であるジーザスの体のため。 クリスチャンにとって専門家というものは無い。祈りの専門かもいないし、ましてやカウンセラーなどもない。すべてのクリスチャンが祈り、また人々を育て、弟子を作っていかなければならない。もちろんそれぞれの役割や違った能力がある。でも、それらすべては他の役割や能力に補われ助けあうからこそ体全体が機能するもの。メッセージを語るものも、預言するものも、裏で支えるのもすべて教会というクリスチャンの人々と仲間がいるからこそ神様に与えられた能力だ。それが一つでも特別なミニストリーとして、教会から離れて機能し始めたら、長続きはきはない。今まであったいろいろな“特別なミニストリー”のように・・・。 一時的で終わってしまう。俺たちは永遠に残るものの為に働こう。すべては神と神の人々のため!
ロッド先生がよく言っている言葉:教会は“神様と人々・人々と神様、それだけなんだ”。
一匹狼のようなクリスチャンにはなって欲しくない。教会という素晴らしい家族を持って欲しい。

みんな一人ひとりが成長し、教会に根付き、使命と役割を果たして生きて欲しい!
そうすれば日本は変わる!

このことがみんなに伝わるように祈っています!

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2008年8月21日 (木)

男らしさ

お久しぶり~。
またまた長い間書いていなかったね。ごめんごめん。

最近、けっこー興味深い雑誌を買ったんだよね。
女性雑誌なんだけど、その雑誌の特集は“男は顔で選ぶな”。
ようはどういう男がいい男なのかを特集として取り上げていたんだよね。

そのうち、同感できたのが以下のこと:

情熱がある= 大好きなものや趣味を持っている。ビジョンや信念がある。

想像力がある= いい雰囲気がある店やレストラン、注文するメニューセレクトが絶妙。ようはセンスのある男。

思いやりがある= 女性と歩くとき自然と道路側を歩いてくれる、些細な変化に気付いてくれる、話を聞く時ちゃんと手を止めて聞いてくれる。

謙虚さがある= お店の人にでかい態度をとらない。調子に乗って自慢話しない。道に迷ったときに人に聞ける!

社交的・コミュニケーションができる= 行きつけの店の店員さんと仲が良い。物事をはっきり伝えられる。

向上心がある= 本・新聞を読んだり、調べたり、常に成長している。

リーダーシップを取れる= 誰もリードを取らないとき進んでそれができる。

対応力がある= 何かがうまくいかな場合、プランBをすかさず提案できる。

マナーがある= エレベーターやドアを押さえる。

ユーモアがある= 何気ない時事をネタに面白いことが言える。

正義感がある= 間違っていることは、人を恐れずにはっきり指摘できる。

仕事をエンジョイしている= 愚痴や文句を言うのではなく、ポジティブに人生を生きている。

このほかにも男として仕事ができることや、経済的・精神的に自立していること。

失敗を笑えるぐらいの精神力とタフさ、どんな場所でも同じ姿でいられること(表裏が無い)など素晴らしいことがいっぱい書いてありました。

まーこれ全部できたらかなりもてるんじゃんというぐらいです。完全無欠になっちゃうよね。

さっき男は顔じゃないといっていたけど、実は大切なのが、表情、スタイル・服・第一印象だって。なぜならこれらのことは内側がちゃんとしていれば自然と良くなること。

内側も外側も大事ということです。内側だけ良くても、外に現れていなければ何かおかしい。また外見ばっかりでも、内側がなっていなければ偽善者だしね。

ようはすべてを磨け!!!
それが真の男だ!
そうジーザスのように・・・。
クリスチャンには外見も磨いて欲しい。

いや~、ダンディーないい男になりたいね。
クリスチャンとして輝こう!

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